1574年、織田信長が2万の兵をつれ東大寺正倉院に保存されていた天下の宝とい
われる「蘭奢待」巨大な沈香で産地ベツナムといわれる(沈香はジンチヨウゲ科
ジンコウ属で折損や害虫の被害を受けた部分に樹脂がしみだし固まったものとい
われる)をとりに行き、切りだしたものを手にとりこんな物かとその場で家来に
下げ渡したといわれている。帰路に大和の国の名産であった御所柿を所望し、美
食家であった信長にして「この柿は美味である」といったと伝えられている。
明治にはいり、正岡子規が法隆寺近くの茶店で一服し柿を食べると法隆寺の鐘が
鳴り、その響きに秋を感じ「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」と詠んだ柿も御所柿
であるといわれる。
奈良県農業試験場では御所柿は実付が悪く商品化は難しいといわれているが、御
所柿は上品な甘みが強く、古くは奈良県の各農家の庭に植えられていたという。
江戸時代の古書に御所柿から黒柿材がとれると記されている。実際、伐ってみる
と漆黒の黒柿材が認められるが模様が少ないことから今後の研究が期待される。
なお、黒柿材は豆柿にも見られるが御所柿ほど漆黒ではない。